千載和歌集序(本阿弥光悦筆)せんざいわかしゅうじょ(ほんあみつみえつ)

  • 桃山時代
  • 17c
  • 紙本雲母摺絵墨書
  • H-24.9 W-1459.7
  • 所蔵
    猪原家旧蔵
読み下し

 やまとみことのうたはちはやぶる神代よりはじまりて、ならのはの名におふみやにひろまれり、たましきたひらのみやこにしては、延喜のひじりの御世には古今集をえらばれ、天暦のかしこきおほむときには後撰集をあつめたまひ、白河のおほんよには後拾遺を勅せしめ、堀川の先帝はももちのうたをたてまつらしめたまへり、おほよそこのことわざわがよの風俗として、これをこのみもてあそべば名を世世にのこし、これをまなびたづさはらざるはおもてをかきにしてたてらむがごとし、かかりければ、この代にむまれとむまれわが国にきたりときたる人は、たかきもくだれるもこのうたをよまざるはすくなし、聖徳太子はかたをかやまのみことをのべ、伝教大師はわがたつそまのことばをのこせり、よりて代代の御かどもこのみちをばすてたまはざるをや、ただしまた、集をえらびたまふあとはなほまれになんありける

 わがきみよをしろしめして、たもちはじめたまふとなづけしとしより、ももしきのふるきあとをばむらさきの庭たまのうてなちとせひさしかるべきみぎりとみがきおきたまひ、はこやの山のしづかなるすみかをば、あをきたにきくの水よろづ代すむべきさかひとしめさふだめたまふ、かれこれおしあはせてみそぢあまりみかえりのはるあきになんなりにける、あまねきおほんうつくしみあきつしまのほかまでおよび、ひろきおほんめぐみはるのそののはなよりもかうばし、ちかくなれつかふまつりとほくききつたふるたぐひまで、ことにふれをりにのぞみてむなしくすぐさずなさけおほし、はるのはなのあしたあきの月のゆふべ、おもひをのべこころをうごかさずといふことなし、あるときにはいとたけのこゑしらべをととのへ、あるときにはやまともろこしのうたことばをあらそふ、しきしまのみちもさかりにおこりて、こころのいづみいにしへよりもふかく、ことばのはやしむかしよりもしげし

 ここにいまの世のみちをこのむともがらのことのはをもきこしめし、むかしのときのをりにつけたる人のこころをもみそなはさんことによりて、かの後拾遺集にえらびのこされたる歌、かみ正暦のころほひよりしも文治のいまにいたるまでのやまとうたをえらびたてまつるべきおほせごとなんありける、かの御ときよりこのかたとしはふたももちあまりにおよび、世はとつぎあまりななよになんなりにける、すぎにけるかたもとしひさしく、いまゆくさきもはるかにとどまらむため、この集をなづけて千載和歌集といふ、かの後拾遺集ののち、おなじく勅撰になずらへてえらべるところ金葉、詩華のふたつの集あり、しかれども部類ひろからず歌かずすくなくして、のこれる歌おほし、そのほかいまの世までのうたをとりえらべるならし

 そもそもこの歌のみちをまなぶることをいふに、からくに日のもとのひろきふみのみちをもまなびず、しかのそのわしのみねのふかき御のりをさとるにしもあらず、ただかなのよそぢあまりななもじのうちをいでずして、こころに思ふことをことばにまかせていひつらぬるならひなるがゆゑに、みそもじあまりひともじをだによみつらねつるものは、いづもや雲のそこをしのぎ、しきしまやまとみことのさかひにいりすぎにたりとのみおもへるなるべし、しかはあれども、まことにはきればいよいよかたくあふげばいよいよたかきものはこのやまとうたの道になむありける、春のはやしのはな秋のやまのこのはにしきいろいろに玉こゑごゑなりとのみおもへれど、やまのなかのふるきなをからざることおほく、なにはえのあしをかしきふしあることはかたくなんありけれど、かつはこのむこころざしをあはれび、かつはみちをたやさざらんがために、かはらのまどしばのいほりのことのはをも、みるによろしくきくにさかへざるをばもらすことなし、勒してちうたふたももちあまり、はたまきとせり

 いにしへより勅をうけたまはりて集をえらぶこと、あるいはそのくらゐたかく、あるいはそのしなくだれるもひさしくこの道をまなびふかくそのこころをさとれるともがらはつとめきたれるなかに、松のとぼそにのがれ苔のたもとしほれたるもの、これをえらべるあとなんなかりけれど、宇治山の僧喜撰といひけるなむ、すべらぎのみことのりをうけたまはりてやまとうたのしきをつくれりける、式をつくり集をえらぶこと、かのむかしのあとによりいまこのなずらへあるがうへに、和歌のうらのみちにたづさひては、ななそぢのしほにもすぎ、わがのりのすべらぎにつかへたてまつりては、むそぢになんあまりにければ、いへいへのことのはうらうらのもしほ草かきあつめたてまつるべきみことのりをもうけたまはれるならし

 この集、かくこのたびしるしおかれぬれば、すみよしのまつのかぜひさしくつたはり、玉つしまの浪ながくしづかにして、ちぢのはるあきをおくり、よよのほししもをかさねざらめや、文治みつのとしのあき、ながづきのなかのとをかに、えらびたてまつりぬるになんありける