「今日、天ぷらそばは食べられますか」

お客様からのお電話です。聞けば食べられないのなら行かないとのこと。その日はまだ残っていたのが幸いでした。天ぷらVSそば、天ぷらVSうどん、どちらが主役か答えに迷うほど存在感のある天ぷらです。MIHO MUSEUMのレストラン ピーチ・バレイで供される天ぷらは、素朴だけれども旬の野菜のおいしさが100%生かされた逸品です。

まずは何といってもネタになる素材。例えば春は春菊や山菜、夏はナス、オクラ、秋はカボチャ、人参など、いずれも秀明自然農法で育てられた野菜本来のうまみがつまった野菜たちです。それらにアクセントを加えているのが、定番ネタとして活躍するタモギ茸です。ヒラタケに似た笠の部分が黄色いこのキノコは、一年を通して栽培できるうえ、衣をつけて揚げると特有の香りがまるくなって、油との相性も抜群なのです。

揚げ油には、熱を加えず石臼の重みだけで搾った菜種油を使います。この油はクセがなく食材の味を邪魔しません。

揚げる前の下処理にも手抜きはありません。かき揚げの材料は食べやすいようにひと口大に切りそろえ、さつまいもは、軽く塩をふって低温スチーム処理をすること50分。蒸すことで甘味を増してから揚げると更に美味しさが増すためです。調理台のボールには独自の配合の卵水を氷で冷やして用意し、揚げる直前に小麦粉を混ぜます。

下処理をした食材を冷蔵庫から取り出すと、いよいよ揚げ本番のスタートです。ここからは揚げ方のみが勝負。まずは揚げ時間の長い人参、タモギ茸、次いでレンコンがと、流れるように進めていきます。春菊は入れてから形を整えます。軽く心地良い音が響くなか、かき揚げが始まりました。食べやすい大きさに揚げてゆきます。玉ねぎが少し色づき、こわれそうな位の硬さがちょうど良く、少し長めに揚げて水分をとばします。油から引き上げるとそれぞれの具材が立体的に組み合った、サクサクのかき揚げの完成です。

「天ぷらは衣に包んだ蒸し料理。しかも、水分が飛んでうま味が凝縮する」と天ぷら職人。特別なこだわりというより、天ぷらという料理法の本質をよく理解し、良質の油と食材を使って基本をひとつひとつ丁寧に積み上げることが、大きな差となって味に表れるのではないでしょうか。そして、その手間のひとつひとつに、食べる人を思う職人の気持ちが込められていることも。

天ぷらうどん。
奥から時計回りにかき揚げ、タモギ茸、人参、春菊、さつまいも。
季節ごとにかわるのもお楽しみ。
まずは一口そのままで。

  • みずみずしい人参と、きめの細かいレンコンが歯ごたえを考えた絶妙の厚さで並び、春菊の緑が彩りを加えている。
  • よく冷えた衣液に、小麦粉をまぶした具材を入れる。
  • 近くの敷地で今朝採ってきたというフキノトウも揚げてくれた。花芽の方から油に入れてよく火を通すと花が開いて苦みが飛ばされるという。
  • かき揚げの具材。揚げ時間と食べやすさを考慮して厚みを調節しほぼ同じ形状に切りそろえられている。
  • 表面の彩りを考え、具材を足すことも。