舎利容器しゃりようき

  • ガンダーラ
  • 前1世紀末
  • 高: 28.8cm 径: 12cm

二つの酒杯が組み合わされ、野生山羊の鈕が上に立つ。これはスキタイの王子が仏塔に納めた舎利容器であることが「全ての人々が涅槃に至れかし」と刻まれた銘文からわかる。
仏像を作って拝む慣習は1、2世紀以降始まったもので、それまでは釈迦の舎利を祀った。仏塔が礼拝対象であった出家の難しい篤信の王族、貴族は、「供養せらるべき者(仏陀)の舎利を供養せよ。かくなす者たちはここ(人間界)より天界に生まれん」との釈迦の教えに従って仏塔を造営し、そこに仏舎利を納めた。ガンダーラ仏教の涅槃世界は、当初酒神ディオニュソスのいざなう永遠の楽園エリュシオンと近かった。
こうした時代に作られたこの蓋付ガンダーラ様式の酒盃には、スキタイ好みの野生山羊の鈕を蓋に付け、蓋と杯の口縁付近に銘文が刻まれている。「司令官ヴィスパヴァルマンの息子インドラヴァルマン王子は、妻とともにこの仏舎利を自分自身の仏塔に納める…」との主文に続き、これによって彼らの家族、一族全員が敬い奉られ、「全ての人々が涅槃へと導かれる。」との願文を記している。蓋の口縁に一列に並んで上下逆に刻まれた二つの銘文があり、この “蓋 ”がかつてカラオスタ(インド・スキタイ王)のものであったが、後にインドラヴァルマン(アプラサ王子)の所有となったことが分かる。当時アプラサはインド・スキタイのアゼス王家と同盟を組んでおり、アゼス王からこれを下賜されたものであろう。この二つの銘文が逆さになっていることは、この“蓋 ”がかつては杯であったことをうかがわせる。しかし程なく敬虔な仏教徒の飲酒はご法度になったに違いない。こうした酒盃の “転用 ”は、飲酒を控え仏教を篤信する決意の表現でもあった。

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