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エピソード
ファイカスの木をここに
MIHO MUSEUM エントランスの色調は、ハニーカラーのライムストーンとシルバーグレーのスペースフレーム、そして窓外の緑・・・。いや、窓外だけではありません。ワンフロア下の吹き抜けから立ち上がるファイカス・ベンジャミンの大木。波打つ緑は豊かにして、手を伸ばせば指先が触れ、濃緑の葉が若葉と共に、幾重にも重なり揺れています。
「ファイカスの木をここに」と決めたのは、建築家のペイさんです。足元には六角形のライムストーンに囲まれた巨大な植木鉢を用意して、木を待つばかりでした。
ところでファイカスと言えば、街で見かけるあれです。そう、二本の幹がくるくると巻き付いたてっぺんに緑がつき、よく喫茶店の仕切りなどに使われています。やけに人工的な木を植えるものだと想像していた我々の前に現れたのは、自然そのものの巨木。いや、この木の最初の姿は、むしろ荒々しいと呼ぶのがぴったりの風体でした。なにしろ幹のあらゆるところから根っこが吹き出て、昼なお暗いジャングルさながら巻きつき締め付け垂れ下がり、土まみれの幹の向こうから、森にこだまする猛禽の鋭い声でも聞こえてきそうな代物です。聞けば見かけに違わず、沖縄のジャングルから運ばれて来たとのこと、一同その迫力に呆然と見上げるばかりでした。
やがて、気を取り直してお化粧直しが始まりました。絡みつく根っこをそっと持ち上げ整理していくと、幹はだんだん整ってきます。枝をそろえ、根締めに吉祥草を植え、葉の一枚一枚から幹全体に水をかけて丁寧に洗い流すと、そこには思いがけない美丈夫が現れました。真っ白い幹の先は幾重にも分かれ、滴るばかりの緑の葉が、ガラス屋根ならではの木漏れ日をきらめかせながら、人々に涼しい木陰を提供してくれます。
あれから20年、1週間に一度は雨が降ったと同じように、葉や幹に満遍なく水をやると、ファイカスはすくすくと伸びて、今にも天井に届きそうです。屋内でこの生命力とは、さすがにジャングル出身、ちょっと油断をすると、またすぐに根が幹から垂れ下がってくるのだとか。ペイさんの選んだこの木は、ライムストーンに囲まれて、今日も木陰に人々を迎えています。