エピソード

ガラス屋根を支える銀色のスペースフレーム

建築家というのは、新しい空間を生み出す創造主と言えるかもしれない。
例えば人を、狭い場所からいきなり広い場所に導くと、劇的な印象を与える。
ペイはこの手法をMIHO MUSEUMの随所に用いているが、なかでも最も印象的なのはエントランスホールである。

丸窓のついた大きなドアが音もなく左右に開くと、ルーバー越しに自然の光を浴びて、狭い風除室に入る。さらに内側の扉が開くと、ガラスの屋根は歩調に合わせてゆっくりと上昇する。やがて木目調の細いルーバーが響き合いを始め、視界の広がりと共に複雑に角度を変えながら、まるで絵巻物のように一足ごとに変化を遂げる。あたりの空間は降り注ぐ外光の中で、微妙な律動感に満たされる。この感覚は一体何だろう。

エントランスホールのガラス屋根を支える銀色のスペースフレームは、設計当初から大きく変化した。それというのも、スペースフレームの接続部分となる丸い玉と、そこから伸びる金属棒を正確に模った、美しい木彫の模型をペイが見たせいだった。その模型は、おそろしく正確に実物の雰囲気を伝えたらしく、彼はそれが、自分の意図したものとは違う事に気づいた。「このスペースフレームの直径と、接続部分の直径を変更したい。できますね?」ペイがそう言った時には、すでに当初の寸法で、設計図が完成していた。

なにしろ、スペースフレームの直径を変えることは、そこに仕込んである空調、照明器具、ルーバーなど、全てやり直すことを意味する。ペイの変更は、電話帳の厚さで何冊にも及ぶ設計図を、ほとんど書き換えることに等しい。建築許可を受けるための図面の提出期限は、目前に迫っている。「だめだめ、だめです。」といいながら、その変更がエントランスホールの雰囲気を決定的に左右することに気づいた紀朋館設計室の佐藤は、ついに腹をくくった。受けて立ったのである。

彼らの休暇は吹っ飛んだと聞いているが、図面は無事完成し、竣工を迎えた。そして今、このエントランスホールは、来る人を魅了して止まない。ここは不思議な律動感で満たされている。線の構成と色調が、バックに広がる空の色、雲の動き、光の粒や風の速さをとらえ、まるでひとつの有機体のごとく、来る人を包み込み、語りかけてくる。

ペイの天才とともに、これを実現してくれた全ての方々に、敬意を表したい。

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